カテゴリー「旅行・地域」の11件の記事

2008年6月 3日 (火)

一気に読んでしまった

富山県民性
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E6%B0%91%E6%80%A7&hl=ja&lr=

富山と石川 仲良くできないか?
http://kousinetu.machibbs.net/log/log0870.htm

300件のスレッドが面白くて一気に読んでしまった。
新潟をテキに回せば両県民は仲良くできる、とかには笑ってしまったし、突っ込み合いが延々と続いても、ナンカそれを楽しんでるフンイキがありますよね。
最終結論モドキも、両県民は大して変わらん・・・と言うことのようで、。

また、石川県民が県の意識が強すぎるのでは!?・・・と言うのには、そういう気がします。私も大学で富山県に来てから「県」と言う意識が薄らいだように思います。

その中から asagaotvさんのコメントが秀逸で転記させて頂きましょう。
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 金沢はいい町だよ。ユニークで、しっかりした市民意識を持っている。しかし、古い城下町ではどこでもそうだが、旧守的で、排他的な側面がある。金沢は、一向一揆の等質空間に、最初は本願寺が、ついで前田家が武力で乗り込んで来て、北陸を支配するために、政治的にこの町を作ったのだから、その自覚の反映があり、それが優越意識に感じられるところがある。 一方、金沢以外の加賀能登も含めてある種の抵抗感が残っていると思う。

 また、富山は滋賀や山梨ほどではないが盆地的で、利を貴ぶ気風があり、メチャクチャ働き者が多くて、特に女性がそうで、古くから金沢に進出して主に経済分野で活躍してきた。それが、金沢の閉鎖性と接触して、これも、古くから、「えっちゅうさ」という、実は驚嘆と賛嘆をも含めた独特な蔑視感を生み出して来たんじゃないだろうか。
 とは言え、これは一種のじゃれあいで、深いところでは同族意識を持っていることは間違いない。

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「えっちゅうさ」・・・近頃、もうほとんど聞きませんね。

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2008年5月13日 (火)

ご当地度 富山編

ご当地の踏み絵 その2 富山編です。

「富山人チェック! 」へのコメント

● 結婚式の引き出物といえば蒲鉾以外にない。
 ※そう、。けど重~い!
● たまに蒲鉾を持ち帰ったとて、1ヶ月後に冷蔵庫の中でぬらぬらになっているのを発見するのがオチである。
 ※すぐに小分けに切って皆で食べるか、回りに配るモンです。
● 富山県民の歌がソラで歌える
 ※大学から富山の小生には無理。
● 「そういうワイケーケーじゃ」と思わずいいそうになるのをグッと堪えたことがある。
 ※言いそうにならないね。
● 富山湾で蜃気楼を見たことがある。
 ※まだない。
● 国道156号線を「イチコロ線」と呼ぶ。
 ※そう、イチコロにシヌっと!。359号線も「ザンコク線」っと呼ぶ。
● ノーベル田中さんは誇りに思う・・・、が、富山県人らしいといわれるとカチンとくる。
 ※富山生まれでない小生は、別にカチンと来ません。
● 持ち家にこだわる。家を持って一人前だと思っている。
 ※確かにね。 
● 法事で電化製品や食器の引き出物がどっさり手に入るので自分では買わない。
 ※そんな引き出物、もっらたことナイがぁ・・・。
● 冬になると「弁当忘れても傘を忘れるな」をかたくなに守っている。
 ※昔からだねぇ~。
● 「赤いきつね」「緑のたぬき」を買う時はついWESTかEASTかチェックしてしまう。
 ※これは意味が分からない。これらより、実はドンベエの方が好きだったりして。
● 地元の有名人といえば相本芳彦だ。
 ※ラジオ番組の相本商店ですね。私と社会人一年生同期生で、TV初出演でガンバリます、で、私も!
● 流しのタクシーに乗ったことがない、「ハイヤー」が基本。
 ※確かに流しを捕まえることは少ない、駅からかウチへ呼ぶか。ハイヤーなんて贅沢な。
● 金沢には強い敵対心があり、なにかと金沢を意識してしまう自分が悔しい。
 ※その通り。前記事の「石川県人チェック」のMYコメントにアフレテルでしょう!!! ナゼなのか、結局、人間の性癖・本質がほぼ変わらない、ホト~ンド一緒なのに、かたや利家さんのお陰で町が繁栄し、人が寄ってくることへの・・・反感でしょうね。
● YKKは何の略かを知っている。
 ※モチ常識です。が、その正式名で言わず、ヨシダチャックと言うようです。
● 車庫にタイヤを積んでおいてロシア人に盗まれた、もしくは盗まれた知り合いがいる。
 ※8号線小杉地区沿いのロシア人中古車屋の多さは異常です。それ見てると、この話もありと思えてくる。
● 中古の車を『腐った車』と表現する。
 ※確かに根っからの富山人は言う。ナンデかは不明。
● いざというときの菓子折には月世界以外思いつかない。
 ※あいそのない菓子ですネ、、。富山の御菓子でウマイと思ったのが宇奈月の「もろみ饅頭」です。期間限定で買うのがムツカシイとか。
● 歌の一番二番のことを一題目ニ題目という。
 ※金沢もそうだったと思う。
● 豆腐は縄で縛ってもくずれないものだ。
 ※これは私は体験がないどころか、いつも買うクレハ豆腐は箸でつまめないほどの柔らかさがナンともいえずウマイのです。味噌汁にしても冷や奴にしても。
● かまぼこの形といえば渦巻きだ。
 ※当然。 
● コンビニといえばホットスパーだ。
 ※地本コンビニ、、、最近減ったネ。
● ケンカをするときは「だら!」が常套句だ。
 ※金沢も同じ。
● メルヘンの町「小矢部」の建物群をラブホと間違えて入りかけたことがある。
 ※そう思っても入りかけてはいないでしょうよ。
● 藤子不二雄のファンである。
 ※亡くなったの人の方が好きだったが・・・。
● 魚は、氷見産の朝取れにこだわる。
 ※富山のサカナの代名詞が氷見産です。
● だけども、フィッシャーマンズワーフの脇に立つ、ブリを抱えた丸ハゲ海坊主の「ひみぼうず」くんの存在は少し恥ずかしいと思う。
 ※余り記憶にない。
● 高校「御三家」「五摂家」をすべて言える。
 ※大学から富山の身には御三家は分かるが、五摂家は??
● 否定する時は「な~ん」と極自然に出てしまう。
 ※私も完全に身に付いてしまってる。そうなればモハヤ完全に富山人。
● 一度も見ることのないまま久米宏のニュースステーションが終わってしまった。
 ※朝日系列が見れない。しかし一時期、民放は富山3局。金沢2局という時代があったのだヨ。
● 富山七大河川をすべていえる。
 ※言えるね、、、早月川と黒部川の間がアヤシイがっ・・・。片貝川だった!
● 板のついているかまぼこは、まずそうだ。
 ※確かに!! 弾力が無いのを板で誤魔化してるように思えてしまう。
● 米不足・水不足に強い。
 ※人間が・・・でなくて地域がでしょうね。水不足は想像だに出来ない、立山連峰だし。水道水がウマイ。
● 遠足は大川寺遊園地だった。
 ※富山生まれの人は皆そう言う。
● 自転車のことを『じでんしゃ』と発音してしまう。
 ※そう。
● 気合いの入った買い物をするなら大和だ。
 ※年配者はそうだね。ワタシはアルプラザかアピタかイオンかだが。
● はまちのことをふくらぎというが、回転寿司でははまちという。
 ※フクラギで通す。回転寿司で注文などしないし。それにフクラギは刺身の方が絶品だと! ちなみにフクラギは金沢も同名なれど、富山のサスは金沢ではサワラ。
● 北陸銀行の口座を持っている。
 ※持ってますね、、ただしホトンド使ってない、残額も一ケタ万とかっ。
● 北陸最大のショッピングセンターイオンの誕生が高岡がとてもうれしい。
 ※その横に新幹線高岡駅が出来れば富山市と並ぶ核の誕生になるでしょう。
● 味噌といえば、もちろん、雪ちゃんの『日本海みそ』だ。
● その『日本海みそ』の歌を、春夏秋冬、すべてのバージョンで歌える。
 ※歌えますね。
● 黒部渓谷で滑落しそうになったことがある。
 ※行った人はそうかも、、って登山の最上級者コースですヨ!。
● いくつになっても、出身大学よりも出身高校を聞かれる。
 ※そうかも。
● 代行の車が邪魔だ。
 ※繁華街のその時間帯にイッパイ並んでますね。
● テストやボーナスは「あたる」ものだ。
 ※給料もアタルっと! 富山人の謙譲の心でしょう。って、クジ・懸賞に当たったとの感覚では全然使っていない。クレルのをナゼか言葉はアタルと言ってる。
● 駅弁はやっぱり「ますのすし」を買ってしまう。
 ※味は絶対保証、ハズレ無し。20数社での微妙なメーカー差がまたイイ!
● 『皆さんのおかげでした』の『食わず嫌い王』に富山出身の室井滋が出たとき、嫌いなものが(蒸し)海老の握りであることが即座にわかった。
 ※見てなかったので・・・。
● 蜃気楼の発現を告げるサイレンが鳴ると居ても立ってもいられなくなる。
 ※その場にいたらそうでしょうね。
● 真面目で我慢強いが常に腹に一物ある。
 ※ん~~ん、そうかも。一物とは反骨精神かなぁ?
● その人の家が見たい為に、葬式に参加したことがある。
 ※ワタシはナイ。
● 『を』はちいさい「お」、『お』は大きい、「お」、と呼んでしまう。
 ※富山生まれはそうらしい。ワタシこと金沢生まれは、『を』は下の「を」、『お』は上の「お」。
● 仏壇が金ぴかで派手だ。
 ※田舎へ行くとホトンドそう。
● 回転寿司が大好きだ。
 ※好きだね、
● 金沢には馬鹿にされていると思うが、福井よりは勝っていると思ってる。
 ※確かに! しかしワタシ個人は金沢生まれだから、金沢への引け目は全然無い。
● フエーン現象を説明できる。
 ※そうだし。このところ一年に5回も6回もあるのでホトホト、イヤになってきている。このブログにも書いている。
● 「はがやしい」のニュアンスを表現できる標準語がないので、つい使ってしまう。
 ※わたしはイラツクの方をよく使うような・・・。
● 「だやい」もしかり。
 ※これはもうしょっちゅう使う。「だやぇ~」になることの方が多い。連発して周囲からいやがられるので、最近は「疲れたぁ」に替えた。
● 日本一大きい回転寿司屋の存在は、あまりうれしくはない。
 ※どこだ? 知らない。
● 高校進学率日本一と貯蓄高日本一とチューリップが自慢だ。
 ※だろう。
● だけども、富山チューリップテレビというネーミングは、あんまりだと思う。
 ※いいんでないの! テレビU富山よりはよっぽどマシ。
● 積雪50cmくらいではうろたえない。
 ※そうです、全然うろたえません。タダ、真冬日になり道路凍結するとうろたえる。運転コワイ。
● JR線を汽車、富山地方鉄道を電車と使い分けている。
 ※そうです。私鉄(富山地方鉄道)の発展度合いは金沢より上ですよ。ちなみに初め富山地方鉄道と聞いて地下鉄のことっ!? と勘違いした。
● 魚津水族館にカップルで行くと別れると信じている。
 ※聞いたこと無い。
● おはぎを半殺しと言う。
 ※そうだね。クルマナンバーの8564、5564もそう言う(私だけか?)。1564はヒトゴロシ。こういうナンバーだけは断りましょう、、、見たことはないがっ。
● 富山市民病院の駐車場が有料化されたことが残念だ。
 ※あらそう、知らなかった。
● 人に遅れをとったり負けたりするくらいなら死んだほうがましだ。
 ※別に死なんでも・・・、。
● 小学校の運動会でおわらを踊ったことがある。
● 県民として、当然『コキリコ節』は踊れる。
 ※大学から富山の身には知らない。
● その『コキリコ節』が、かつてNHK『みんなの歌』で流れていた時期があったことがひそかな自慢だ。
 ※コキリコは全国区ですよ。
● 北日本放送 の「ビバ!クイズ」に出た、あるいは出たかった。
 ※知人が出た。
● UFOの存在を信じていない。
 ※これは微妙。UFOとは、あの世である四次元世界の物体が時折、現世(三次元世界)に顔を出す現象・・・と私は思ってる。
● かつて富山で巨人戦があった時、会社や学校を休んでも許された。
 ※かなり昔のような。
● 「はかいった」の意味を知っている。
 ※分かりますヨ。墓へ行ったのではなく、捗る・はかどるの意味です。
● 正直いって耕運機は邪魔だ。
 ※農家でないし分かりません。
● 名菓「ひよこ」のパクリの「ライチョウ」を知っている。
 ※知らないなぁ。
● CD・DVD・ビデオはフクロヤだろ。
 ※富山でその手はフクロヤ。金沢ならヤマチクでした。今は知りませんが。
● 家庭に常備薬が豊富にあるので、なんでも薬で治そうとする。
 ※胃薬「熊胆」は名薬です。 西洋薬に過剰反応する私でもナンの副作用もなし効果抜群。
● キレると無茶をしてしまう自分に米騒動発祥の地というお国柄を確認する。
 ※そういう人が居る。
● 実際見たことないくせに、雷鳥を自慢している。
 ※私は見てます。
● パキスタン人の知りあいがいる。
 ※居ない、、、それらしい風貌の人は居るが・・。
● 五箇山の合掌集落が世界遺産に認められたことは、正直おどろいた。
 ※かも!
● 祭りには、海老と椎茸と高野豆腐と莢豌豆の入った煮物がなければならない。
 ※その組合せなら茶碗蒸しでは!? 煮物は覚えが。
● 競馬もソープも風俗もないので、パチンコが大好きだ。
 ※パチンコは大嫌い。風俗は、ん~~ん、コメント拒否、、。
● 湊川リバーウォークのからくり時計は、恥ずかしいのを通り越して、見るたびに情けなくなる。
 ※新湊のことですね。見てないが想像できますね。
● やけに保守的だ。
 ※というか、会社ぐるみ、地域ぐるみ、町ぐるみにすぐしようとする。入らないと村八分モドキニ。これだけは富山の嫌いなところですね。それに市役所に申請に行っても「所属団体は?」と必ず聞かれる・・・個人でなく団体の県らしい。
● 校区を「校下」という。
 ※これは金沢も同じでしょう。

一昔前、富山県民性を表す言葉として、3K主義というのがありました。経済主義、権威主義、形式主義の3Kです。それぞれ、損得勘定、寄らば大樹の陰、中身よりカタチが大事の意味です。金沢人をも知るものとして前二つは金沢も同様です。しかし形式主義だけは金沢人・・・生まれの私もです・・・には存在しません。富山で就職した頃、中身はどうでもイイ、、ミテクレ・格好が大事というニュアンスの出来事やつきあい方に凄く反感を抱いたモノでした。上記の会社ぐるみ・所属団体もその一例です。ハラはどうあれ上辺だけは紳士的なつきあいをする・・・富山人はそういう社交家です。 ハラが見えない、上辺だけ・・・っと富山人の中でさえ時折、反骨する人がでるとか。、。富山人は他県出身者を「旅(タビ)の人」と言いますが、差別心と歓待心の両方を私はそれから感じるのです。一方、金沢人は割とハラを見せてくれる人が多い印象です。こういう富山の県民性はやっぱ所詮「旅の人」である私には、根っからの理解は出来ないようです。やっぱ子供時代18年の生活の場の環境が大きいようですね。

結論として、、純粋県民はそれぞれでしょうけど、私にとっては大差なし、もうホトンド一緒です。差があるとしたら、外的要因オンリでしょう。このブログの前の方にも少し書いたかもですが、両県は明治以降くっついたり離れたりを数度繰り返しているのです。
私にとっては富山・石川は一つの県です。その中の一地方(金沢)が外的要因オンリでヘンに巨大化したので、それへのモンク・批判を同じ一つの県の中のこととして、平気で口にする人間なのです。金沢の悪口を言うのに抵抗を全然感じないのです。金沢は文化的というほどの差も感じませんしね。
それに色んな面で新しいコト・モノに手を付けるのは富山の方が早いくらいです、、、、そして少し遅れて金沢はそれよりほんの少しだけマサッタものを後から作る・・・・ってのが常套手段ですね。そういうことされて反感を持つな! と言う方がオカシイというモンでしょう。

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2008年5月10日 (土)

ご当地度 石川編

ご当地の踏み絵というHPを発見。

私は高校まで金沢在住、以降富山在住。両方が分かる少数派でしょう。
それぞれにコメントしてみます。まず石川人から・・・・。

「石川人チェック!」 抜粋へのコメント

● 唯一の主要道路は8号線だ。
 ※金沢に居た時はそうだったが、富山に来て41号線が加わった。
● 本人に許可をもらったという事実も含め、高速道路から見える『美川 県一の町』という美川町のデカイ看板が恥ずかしい。
 ※それが例の歌手名に掛けてあることに気づいたのは相当遅かったぁぁ。
● 森喜朗の出身地だという事実は、あまりうれしくない。
 ※ほう! 県民もそうとはっ! 私も同感、実は奥田敬和さんの方が好きだった。
● 通知表は、小中高とも先に親に渡されていた。
 ※もう忘れた。稀に直にもらった記憶もある。高校は直だったのでは?
● 小学校で石川県について習う時に、必ず左手の親指を少し曲げるはめになる。
 ※そんなことした記憶はない。
● 根上町の松井秀喜記念館に行ったことがある。
 ※行ってきました。また行きたい。
● 金沢生まれではないのに、出身地を「金沢のほう」といってしまう。
 ※確かにそう言う。これは富山人はザイゴの人でも地元ザイゴに誇りを持ってるのとチョット違います。そのザイゴの人は富山市の人を「トヤマの人」と呼ばれます・・・。(ザイゴ:田舎、郡部の意「富山弁」)
● 「雷鳥」の新型バージョンが「サンダーバード」なのは安直すぎると思う。
 ※ふ~ん! 野球BCリーグは、「富山サンダーバーズ」だしね。
● キンダイと言えば、金沢大学、ホク大といえばもちろん北陸大学である。
 ※そうだ。ちなみに北陸大学なんて後から出来たのだろうからどこにあるかも知らない。
● 安宅の関は全国区で通用すると信じきっていた。
 ※小学校の時、金沢市内で転校したせいで、そこに行けなかった場所のハズ。修学旅行で皆行くハズ!
● 加賀観音のことにふれられると不愉快になる。
● 七塚七福神センターも恥ずかしいと思う。
 ※この二つ、ネットの珍スポット紹介で実情を知った・・・。
● 7月1日には日本全国で氷室まんじゅうは食されていると思っている。
 ※確かに! 富山には6月1日だったかに「朔日饅頭(ついたちまんじゅう)」というのがあるヨ。
● テレビはテレ金である。
 ※なんで? ワカラン。
● 1992年の夏の甲子園は絶対に忘れない。
 ※遊学館だったっけ!? 
● 第七ギョーザは久しく食べていない。
 ※高校までの身には知らんことだった。つい最近食べたが、たいして・・・・。 
● 買い物はニュー三久かバザールだ。
 ※これもワカランが、、どちらも金沢西南部であって、東北部にはナイのでないの!?
● 「御前荘」に一度は行ったことがある。
 ※ココに泊まってネット検索してこのページを発見した・・・。
● 「いついつまでものおつき合い~金沢じゅっけんまち~今村証券」のCMソングが歌える。
 ※昔からやっていた、知っています。
● 恋人と別れたくなったら手取フィッシュランドに行く。
 ※最近出来たトコで知らない! 子供の頃は「手取遊園」だ! 富山の大川寺遊園と似た存在だった。
● 辰口丘陵公園で何をしたらいいのか途方に暮れたことがある。
 ※行ったことがない。
● 高州園のCMが能登空港バージョンになってしまったのは残念だ。
 ※駅長風のCMは富山でもやっていたが、最近見なくなった。
● ラーメン世界は店舗数を増やしすぎだと思う。
 ※金沢が本店ですかい? 近所にも出来ました。
● 富山、福井と一緒にされると腹が立つ。
 ※前田利家さんに感謝しなハレ。利家さんが居なかったら全然そうではなかったハズ!
● APAホテルの社長の顔はあまり見たくない、と思う。
 ※あらそう! 私はそうでもないですが。
● ズワイガニを越前ガニと呼ばれることに少し抵抗がある。
 ※確かにある、松葉ガニならまだしも、多くの地方で獲れるのに、なんで固有の地名を付けるのか。
● 能登空港の存在意義がわからない。
 ※そんなにムツカシク考えんでも・・・観光用オンリ。
● 『CLUB』には一応目を通す。
 ※意味不明。

   この辺からシバラクの項目はどうも一個人的なコトでないのっ!! 

● 金沢のあいそらしい味も、それを小粋なハートで包む方法もよくわからない。
 ※そういう昔風が分からなくなっているということか!? 
● ampmも欲しい。が、ミニストップに至っては存在すら知らない。
● 外食と言えば、とりあえず回転寿司か焼肉だ。
● しかし『回転寿司の台の製造日本一』の肩書きは余りうれしくない。
● 犀川河畔でマラソンをしたことがある。
● 張りきって竪町に出かけ、到着後、水曜日だったことを思い出して愕然としたことがある。
● 北鉄浅野川線は「浅電」だ。
● ズワイガニのメスは、背子と言うよりも香箱と言った方が優雅だと思っている。
● 雪国なのに知事が雪で転んで骨折したのは恥ずかしい。
● 卯辰山に夜景を見に行ったことがある。
● 医王山にも夜景を見に行った。
● 予想天気図に縦縞が出ると、予報が出る前に雪用の支度にかかる。
● 「いんぎら~っとしまっし」のCMをもう一度でいいから見てみたい。 
● 醤油ソフトクリームが好きだ。
● 石川テレビのマスコットキャラの石川さんに疑問を感じる。
● 初詣に向かっても、道が渋滞してれば「また来年、来ればいいわ」と平気で引き返す。
● 元MROアナウンサーの河内孝博が声優になっていたことに驚きを隠せない。
● 加賀百万石という過去の栄光に依存しがちな自分が少し嫌だ。

● 方言ネタといえば、”しましまにしまっしま”だ。
 ※富山弁ネタでは・・・”かーか、か、かーか?”だねぇ。
● ラーメンといえば「8番ラーメン」、中華料理屋といえば「チュー」だ。 
● 川北大橋は100円で通れるのに、ついつい避けて遠回りしてしまう。 
 ※あら100円ですか! 今度通ってみましょう。富山の婦中大橋も昔は百円橋だった。
● 出席簿は生まれた順なのが当たり前と思っていた。
 ※小学校はそうだったが、中学以降は五十音順でしたが、、最近違うの?
● 県内に店舗がないのにマツモトキヨシのCMが放映されているのは、ダンディ坂野の出身地だと推測している。
 ※「坂野トシユキ」というヤツが小学校の時、同級生にいた。 
● 山川(やまかわ)という名字の人でも、つい「やまご」と読んでしまう。
 ※わからん、、「やまご」って?
● 道が狭くて坂が多くて、信号機が多いのが気にくわない。
 ※住んでるモンでもそうかい。富山に来ればっ! 高校時代には桜橋から上流方向に寺町台地へ自転車で駆け上がって通学してたモンです。
● コメヤで薬を買うことには疑問を感じないが、うつのみやで本を買うことには少し疑問を感じる。
 ※意味わからん。「うつのみや」は「北国書林」と並ぶ双璧だった。ただ高校時代「うつのみや」を略して「ノミヤ」と言って粋がっていたが。   
● 『八幡のすしべん』のうどんの上に乗ってくるかまぼこのUFO柄が、変に歪んでいるのが気になる。
 ※これもいつ出来たのか知らない。一度寄ってみたいが。
● セブンイレブンがほしい。
 ※北陸人は同感でしょう。糸魚川に行って、喜んで入ったりする。
● 「若い力」は全国の小学生が踊っているものだと思っていた。
 ※別項に詳しくあり。
● 「犬」を「いんぁ」、「猫」を「ねっかぁ」と発音されてるの聞くと安心する。
 ※文章ではわからん。聞けばわかるかなぁ?
● きんつばは金沢にしかないと思っていた 。
 ※確かに! しかし金沢のが一番おいしいよ。
● 百貨店といえば大和と名鉄丸越だ。
 ※そうだ。さらに名鉄もつかないただの「丸越」だ。
● 怒ったときの口癖は、えぇーんなー、とか、だらんなっとんなまいやーである。
 ※そうだねぇ~~。
● 小京都、と呼ばれることは、小バカにされているようであまり好きではないが、日本中に溢れる、ほかの小京都とは格が違うと思っている。
 ※どうでもいい! ワタシ的には高山の方が小京都としては格上と思う。
● 野町から走り、有松交差点手前の右側車線に県外車がいると、左に割り込むのか心配してしまう。
● 同様に鱗町交差点でも気になる。
 ※だから、旧市街地をクルマで走るのは大嫌いなのだ。それに心配なら譲ればどう、譲らないクセに。
● 日本一天気が悪いことと、日本一東京までのアクセスが不便なことが嫌だ。
 ※そんなに東京に行きたいか? 百万石の誇りとどっちかにせい。
● 「千里浜なぎさドライブウェイ」で脱輪して立ち往生したことがある。
 ※私もはまったことがある・・・。
● 百万石祭りでは提灯を持って、夜通し「金沢市民音頭 」を歌う。
 ※これも最近の話しでしょう。高校まででそんな歌知らない。 
● 県内にしかないのに、なぜ「東京」ストアというのか昔から不思議に感じている。
 ※富山にもなぜか「大阪屋ショップ」がある、それも沢山。

その他、個人的ネタとして北陸一帯に「シメノドラッグ」がチェーン店で出店しているが、これが金沢在住の頃、中学への通学路にあった一薬局の示野薬局がおおもとであったことに驚いた。

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2008年5月 6日 (火)

GW一泊旅行 2008

Imgp0174m GWということで、毎年恒例の一泊温泉ドライブ旅行に行ってきました。
今年は白山麓の白峰温泉の御前荘に泊まりました。行きはチューリップフェアを避けて少し遠回りしましたが、森本から山側環状道路に入り、ずっと道なりです。鶴来方面へ左折して、道の駅「しらやまさん」にて昼食ラーメン、、、待ち10人、、25分待ちでしたが、おいしかったです。道の駅「瀬女」で小休止後、手取りダム横に入り、トンネルの連続でしたが、トンネル抜けた~~と思ったら、もう白峰でした。早すぎたので、御前荘でトイレ拝借後、白山登山口の市ノ瀬まで行きました。写真がその市ノ瀬近くからの白山の雪姿です。別当出会いまではまだ未開通とのことでした。
白山は穏やかな山並みですね、立山の渓谷を見慣れた目には、渓谷も穏やかです。まさに女性的山並みですね。白山比め神社が女性の神様なわけです。白山には大学卒業後一度だけ登っています。別当出会いにクルマを止めてでした。その頃は手取ダムがまだ無かったはずで、その渓谷は上高地をも連想させるような穏やかでロマンチックな渓谷だったことを覚えています。ダムで消滅ですね、、残念!!
御前荘にもどり、温泉を楽しみました。全国で4カ所しかない純重曹泉とかで、肌がヌルッとします。ただ、少し肺が弱めの私には不適もどきだったかもでしたが・・・・あとから、少し息苦しさが続きましたし・・・・・、判りません。

次の日は、戻って「瀬女」で、休憩後、360号線に入り、8号線バイパスで、粟津向こうの「世界のガラス館」に行きました。デカイです。ガラス関係装飾品が山のようにありました。しかし隣の御菓子館の方で御菓子を買いましたが・・・。
小松方面へ戻ってサイゼリヤで昼食、、
Imgp0179m それから前から行きたかった小松IC近くの「松井秀喜ベースボールミュージアム」へ!!  よくもまあ記念品のタグイが沢山あるモンです。使用モデルのバットも握ってみてきました。

その後、8号線で北上しましたが、寺井のあたりで「九谷茶碗まつり」で道路がホコテン封鎖! 横目で見て、大きい祭りでした。人ごみはキライで回避! 手取フィッシュランドもクルマがワヤクチャ!で回避(駐車場も狭い、)、あとはダラダラと帰宅・・・・。8号線は松任あたりから渋滞モドキに、、、山側環状へ抜けて、イザ帰還!

閑話休題
ガソリン! 暫定税率復活を聞き、28日に満タンにしたのが、このドライブ旅行でほぼ空に!・・・いつもの近くのGSはリッター160円と!!!・・・・あな、おそろしやぁっ。。。GS探しでもするか、。

おまけ
御前荘から勝山へヌケル案もあったが、越前大仏がタイシタコト無いとかで、見るモノが・・・・・で回避したのです。ところが福井県立恐竜博物館なるものがあるのを後から知った、、勝山に!  って、GWは相当に込んだようですが。同種では日本一の規模とか・・・・、。御前荘手前に恐竜ナントカがありましたが、そこは福井のより料金高くて規模もうんと小さいとか・・・。

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2008年3月 9日 (日)

80タイヤ

高山から平湯、一周ドライブに行ってましたが、スタッドレスの扁平率80タイヤではキツカッタです。コーナリングがこわいです。後ろにぴったりくっつくヤツが何人も居ました。帰りの471号線(栃尾から神岡)では制限50㎞道路を60キロで走っているのに、バカなヤツが4人、、、次々に70~80キロで走ってきて、後ろにくっつくのです。一人先に行かすと、暫くしてまたっ!!。。。4人居ました。さらに、バカがもう一人、平湯から栃尾までナント原付スクーターで後ろにくっつくヤツが居ました。50数キロはこちらも下り坂で出ているのですヨ、、、それにくっついてくるのです・・・原付スクーターで!

話を戻して、最低70タイヤにしないと、こういう山のコーナリングはダメですね。と言って、次のクルマ乗り換えは軽四もかすめているし。。。ナニをいつ買うか悩ましいです。

しかし、景色は平湯峠の前後は、雪が多くて、見応えがありました(もち道路は雪無しです)。その辺は積雪2メートル近くはあったでしょう。道路横の雪壁が背丈近いところもありました。この季節の行ったのは始めてだったでしょうから、遠く乗鞍も見えて、ナカナカ良かったです。

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2008年1月14日 (月)

金沢と富山

隣県バトル、、「石川と富山」というより、どうも「金沢と富山」とのニュアンスがスゴク強くなりますね。「若い力」で踊ったというのも金沢市だけのようですし・・・。金沢以外の小松、七尾、輪島あたりの人はこの話にシラケテイルような雰囲気も・・・。

それはそれとして、
ヤヤコシイ関係が沢山です。。例えば地元放送局、地方銀行、地方新聞社で、
「北国」は金沢。「北日本」は富山。ところが「北陸」は業種で違う。

金沢は
北国銀行、北国新聞、そして北陸放送です。

富山は
北日本放送、北日本新聞、そして北陸銀行なのです。

創立当初からのイキサツがあるのでしょうね。

※3.13追記
大きいのを忘れてました、、北陸地域一帯を管轄する電力会社・・・
北陸電力の本社は富山にあります(金沢ではないです)。

ついでに、シガラミの話しを少し・・・、、。
両県大学マンドリンクラブですが、
金沢大学マンドリンクラブは去年で・・・・・第43回定演
富山大学ギターマンドリンクラブは去年で・・第46回定演

富山大学の方が早いのです。私の先輩からは両大学合演をやった時には、金沢大学から「練習方法を教えて下さい」と言ってきた・・・と聞いたモノです。

金沢市の人口は45万人
富山市の人口は42万人

金沢市はすぐ隣(町並みは連続している)に野々市町と言うところがあり、そこが合併すれば50万都市になるそうですが、野々市町がどうしても首を縦に振らないそうです。富山も平成の大合併で大きくなりましたが、立山町、上市町までも合併し50万都市!・・・との構想もありましたが、ダメでした・・・。

記憶によると、富山・高岡が新産業都市に指定されたころより富山県の方が石川県より人口が多かったと思うのです。それがいつの間にやら逆転されてました。金沢の異常な発展と思います。特に西南部地域の発展はスゴク、中心部と同規模の町並みがもう一つ出来たくらいでしょう。山の方にも山の中腹部にまで住宅が建っていますしね。・・・そんなところまで開発するなら、談義所をもっと早く手を付けてくれればヨカッタのに、、、、談義所の方が市中心部に断然近いのですしネ・・・・などとヨギッタリ。。

どうも経済成長期、バブル期に北陸進出・・・拠点はやっぱ金沢っと考えた人が多かったせいではと思ってしまいます。産業、工業は富山ですが、それを管理する営業拠点は北陸のまん中の金沢になってしまったような。。。

文化水準が金沢は高いはず・・・との意識もありますが、ことマンドリンのコンサートをやってると、余り感じませんね。ある時期前後3年、福井が一番静かに聴き入ってくれたっ・・・と感じたことすらあるのです。ついで富山。金沢が妙にざわついていたりして(ムリにかき集めたセイとも)・・・。

また、折りに付け、気づけば書いていきます。これは長いテーマなのです。

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2008年1月11日 (金)

談義所

Dangisyok

育った実家のあたり、、、今は鳴和台と名前が変わりました。
そこへ引っ越したのが昭和35年夏だったと思う。小学3年生でした。
職場の寮暮らしだった両親が、我が家を建てたのでした。候補が他に金石あたりの海岸沿いもあったらしいが、山生まれの母親が山の方が!・・で、そこになったと聞いたものだった。

火葬場とゴミ焼却場があり、その奥、、、人はその辺を何故か「談義所」と呼んでいました。桜ヶ丘高校の横の谷であり、その向こうには星陵高校があって、谷のずっとおくまで住宅が続く。。。。「談義所」だけは長いあいだ、発展せず、開発も進められず放置されていました。道路舗装もされず、大雪になってもブルドーザーが除雪に来ず、水道さえ無く山水を使っていました。

20年程前に、やっと手が付けられて、山が崩されて鳴和台という団地帯に生まれ変わりました。今や山側環状道路の東長江交差点に至る幹線道路のすぐ横です。昔を知るものとしては隔世の感があります。高校や大学の頃にこうなっていたら・・・・・と思うこともあります。そう言う辺鄙なところにいたので、所謂「ブラクミン」「エタ、ヒニン」の末裔もどきではなどというアラヌ詮索をこうむったこともあったくらいなのです。

「談義所」とはナンだったのか?・・・検索してみました。

【能 安宅】
安宅の関を勧進帳で逃れた義経一行は、今の金沢市春日町鹿島神社の境内へ。弁慶の忠義に心打たれた関守富樫が酒を持って追いつき、主従の奥州落ちの無事を祈った。その時弁慶は、境内に流れ落ちる山水の落ちて響くのを聞き、即興で舞い歌った。「鳴るは瀧の水、日は照るとも、絶えずとうたり・・・」その後、この地を「鳴和」と呼ぶ。今も鹿島神社には、杉の木の芯を刳りぬいた樋から落ちる小さな滝がある。忠臣たちは今後どうしようと集いて談義したので、ここを談義所と呼ぶ

【越登賀三州志】 その1 注釈
大衆免(だいじゅめ)
河北郡にあり、一説に今の談義所村(現金沢市春日中丁)あたりに、かつて神宮寺という寺があった。今の神宮寺村(現金沢市神宮寺町)は、その跡であり、大きな寺であったと言われている。談義所とは、この寺僧の仏教討論場の名からきている。大衆免はこの寺の大衆(だいしゅ)領の田地で、年貢免除から大衆免と呼んだことから、後世の地名となったという。


違う二つの話しにぶつかりましたが、どちらも、変な由来どころか由緒正しい由来なのですね。それが戦後、いつのまにやら奥の火葬場、ゴミ焼却場の一帯だけをさすようになり、それがあるためにいつの間にやら差別用語的、差別地域になっていったのでないでしょうか!!

亡くなった親父が、「その二つがあるために全くココはほったらかしにされている・・・うらめしく、その二つを近頃、眺めている・・・」と言っていたのを思い出します。

ま、「鳴和台」という立派な名前が付いて「談義所」も忘れ去られていくでしょう。小学生の頃、横の小さな小川で遊んでいたり、田んぼで野球ごっこをしたり、スキーをしたりと思い出が一杯ですが、跡形もなく変わりました・・・・。桜ヶ丘高校の応援団だったでしょう・・・高校の丘の上から談義所方向へ向かって応援発声練習をするのが毎春のことでした・・・・。卯辰山で相撲大会が行われれば、その応援太鼓の音がドンドンと聞こえてくる・・・これだけは、今も多分そうでしょうネ!!

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森山公民館さんのHPに地図がありました(上図抜粋)
http://www.spacelan.ne.jp/~moriyama-k/map/map_top.html

これでは(5番)火葬場を談義所と言っていたとしています。(位置がずれてます)

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「若い力」、市・県民の歌

TV番組・秘密のケンミンショー・面白かったです。

私は生まれが石川で、大学から富山に来ましたから、よく解ることが沢山でした。真っ先の「若い力」で踊る石川県民・・・・そうです、私も踊ってました、、、というより、【体操】してました。ラジオ体操の変形版と捉えてましたね。
なんで、そんなのやっていたのか、それを見て検索して、、初めて知りました。
http://www.tvkanazawa.co.jp/article/program/apg_detail.php?apg_id=253

昭和22年の第二回石川国体で大会歌として作られて、それでだったのですね。しかし、私の頃は市内小学校の連合運動会でのみやっていたと思います。6年男子だけで全員で上半身裸でやっていました。今で言う大人数の「マスゲーム」と言えます。下半身はトレパンの白、上半身裸、・・・でやるので、観客席からは場面場面によって全体の色合いが劇的に変わったりして見えるのです。そんな場面に歓声と拍手が挙がるものでした。しかし、大人数の連合運動会だけでやり、自校だけの運動会ではやらなかったはずです。
テレビによると、その後、しつこくやるようになり、20~30代の人なら今でもその体操を覚えているようですね。 最初、交互に手を挙げるのを見て、おーそうだったかも!とは思いましたが、私は・・・踊れませんネ。

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番組後半で隣県バトルで図らずも両県があがり、ケンケンガクガクとやってましたが、、ま、これにコメント付け出すとキリがありません・・・・。石川が文化面、富山が産業面で勝るのは言うまでもなし。。。とココは済ませておきます。
と言って、富山の絶対的優位を一つ思い出しました、、。ノーベル賞です。富山から高山に至る国道41号線を「ノーベル街道」と名付けようとの話しが出てますね。そうです・・・田中さんですし、利根川さん、が富山絡みですし、神岡に一人、高山市に一人、絡んでる人が居ますよね。41号線沿線で4人のノーベル賞が出たって事です。石川では文学関係は色々いますが、科学関係では高峰譲吉氏(大根の酵素タカジアスターゼの発見)だけ、私は知ってるくらいです。


http://asei.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/post_1386.html
検索で、こんなページも見つけ、「金沢市民の歌」「石川県民の歌」も5年生の頃かに習いました。出来て間もなくの曲だったような気さえするのです。

  朝日にはゆる白山の 
  雄姿は空にそそり立ち

  ・・・・・

の「金沢市民の歌」は覚えています。ところが「石川県民の歌」の方は思い出せません。
子供の頃の歌と言えば校歌ですが、小坂小学校、森山町小学校(転校)、鳴和中学校、泉ヶ丘高校、、4曲全て思い出しました。鳴和が難関でしたがどうにか出てきました。4曲の中では一番なめらかでスムーズで一番いい曲かもです。それに次ぐのは小坂ですね。富山大学歌は大学紛争で実際には聴いたこともなく、、学生手帳にあった譜面をギターで弾いて自分で覚えてました。今は入学式などで歌ってるのでしょうか?

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「石川県民の歌」、検索してみました、、、Wikipediaで一発で出ました。スゴイもんですネ。音源もあり、聴いたら即思い出しました。後半の音階的に盛り上がるところが印象的なのと、最後の「ふるいおこさん」を{奮い起こさん}でなく「古いお子さん?」かとしか小学生は思えず、?つきで歌っていました。2題目最後の「ひらきのばさん」も{拓き伸ばさん}でなく「平木のオバさん!」・・・っと。
http://www.pref.ishikawa.jp/gaiyou/p1.htm

いや~聴くと、一発で思い出すモンですね。音楽の力はスゴイ!!


しかし、ナンですねぇ~   石川県民の歌

  白山に 朝日ははえて
  青雲のはれゆくところ

  ・・・・・・

金沢市民の歌の冒頭と酷似しているのです・・・「白山」と「朝日はゆる」が同じでひっくり返っているだけという・・・。そうです、習った当時、「オンナジでないカッ!」と思っていました。あえて白黒つけるなら、白山はやっぱ石川県でしょう! 金沢市に白山があるわけでは無いですからね。。で、どっちの歌がどっちだったっけ!??・・・と紛らわしかったのを覚えています。
「金沢市歌」はその後に作られたのでしょう。私は全く知りません。


石川在住より富山在住が遥かに長くなり、モハヤ完全に富山県民ですが、こんな歌では完全に石川県民に戻ってしまうのですねぇ~~。

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2007年8月14日 (火)

穴場! 山乃村

Yamanomura 近場に標高千メートルの牧場地がありました。
神岡から有峰への道は跡津川の狭く通り抜け困難の道しか知りませんでしたが、双六川に完全二車線の快走路があるのを知りました。双六川から山吹峠、山乃村、飛越トンネルから有峰有料道路へ抜けれるのです。山乃村は標高千メートルの穏やかな高原で、牧場があり牛も放牧されていました。旅慣れた人は北海道か!と思うそうです。千メートルですから、平地より5~6℃は涼しいです。

ただ、山吹峠への道は完全二車線ですが、傾斜はきついです。称名滝パーキングへ行く時のような20%の傾斜が続きます。我が1500CC車ではセカンドギヤでアクセルを8割方踏み込んでも40kmしか出ません。1800CC以上や中型バイク以上なら楽勝のようですが・・・!!
双六川には川泳ぎや川辺でバーベキューをする人が沢山居ました。

近間で標高千メートルを車で楽に行けるところ穴場の一つでしょう。紅葉時期も綺麗でしょうから、行ってみるつもりです。
なおこの道は「高山大山線」とかで大規模林道計画の一完成道路らしいです。だから立派な二車線なのです。また、バイクには絶好のカーブですから、バイクツーリングのブログに沢山紹介されてますし、実際バイクも多い感じでした。と言って絶対交通量は勿論少なめです。

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2007年5月 7日 (月)

GW一泊旅行 2007

P0151sm GWで、越前海岸、三方五湖周辺
を一泊ドライブに行ってきました。

写真は三方五湖を展望する
梅丈岳頂上へのリフトです。
それ以外のデジカメ写真は以下の
「GENSOHデジカメ館」を
http://www.ne.jp/asahi/gensoh/orz/dezicame2007.htm
旅館の女将さんが一番良かったかも・・・・、。

今度は少し近間にして加賀市周辺、東尋坊、勝山市、大野市あたりを散策してみたいです。と言って、勝山の越前大仏をネットで見てみたら、閑子鳥とかなんとか・・・出来た頃凄かったのに、状況が変わってる見たいです。

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2007年2月13日 (火)

やっぱりあった「七曲り」

刑事ドラマ「太陽にほえろ」で有名な <七曲署>

七曲り・・・・小学校が金沢で、その校下にそんな町名が有った気がしてしょうがなかったのです。 今の新町名に変わる前の旧町名に!・・・です。

証拠が見つかりました。
http://ohakokai.hp.infoseek.co.jp/SchoolZone.htm

母校「森山町小学校」のところに 「大衆免七曲り」、「大衆免亀淵町」
大衆免・・・には記憶が無いですが、「七曲り」がやっぱあったのです。
亀淵町・・・ガメブチまちと言っていましたが、これも珍しい名前でした。

今は全部「森山町」になってるようです。

金沢の旧町名には加賀百万石城下町の流れで、それらしいのが沢山ありましたね。
証拠ページにも、「鷹匠町」「同心町」「大工町」「鍛冶町」「小将町」「味噌蔵町」
など、それを想像させる名前がいっぱいあります・・・。

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