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2016年1月30日 (土)

分岐点

私の人生に分岐点が多かった・・・という。

最初のが、高校に入る時。 県立有名高校普通科と国立工業高等専門学校の
両方に合格した! 親父の意見もあって、人生を工業系にまだ絞りたくない・・
との思いが働いて、県立高校に!

しかし、まことにツマラナイ高校生活4年間でした。ブラスやりたかったが、
中学からやってるヤツばかりで、そこへ初心者が入るのに気が引けた。
また、ブラス部室が講堂の二階独占で、わざわざ上がって行かなければ
ならないという、タイヘン入りにくいとこで、そう分かったのも遅かった。
ホントに、何の思い出もない・・・と言っていい・・。
記すべきは、二年生で担任が煽って、クラスで成績3位だったことくらい。
三年になってその反動が出て、受験勉強に嫌気が差し、15~20位だっ
たろうと思う・・・。
それで、大学は地元一期校を見事に落っこちて、隣県の二期校には受かる。
真面目に勉強してたら、地元一期校には受かったはず・・・・。
これも、相当の分岐点だった!!
地元だったら、自宅通学だったろうし、・・・・。
二期校大学では、
(この稿、、書き掛け)

2015年6月 3日 (水)

こういうシュショウなのです

とある、ブログ記事から引用です。

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5月28日には、民主党の辻元清美議員の質問中、「早く質問しろよ」と恫喝まがいのヤジ。 自分では延々と質問者の持ち時間を浪費するような、無意味で冗長な答弁でごまかすばかりだが、 相手に対しては威丈高に吠え立てる。ある意味、幼児性むき出し。もっと言えば、 言葉は悪いけれど“ガキ”だ。 だが、もっと深刻で下品なヤジもあったのだ。実は、同じ辻元議員への別のヤジだ。

********************************  
 辻元「人の生死とか、戦争に関わる話なんですよ。なにも大げさな話を申し上げているわけではないんです」  

 安倍「大げさなんだよっ」
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安倍の無知蒙昧、というより冷酷さがはっきりと現れたヤジだ。 辻元議員が「人の生死や戦争に関わる話」と言っているのに、それが「大げさ」だとまぜっ返す。 人間としての最低限の品性さえ感じられない  安倍の頭の中では、人の生死も戦争も、何の現実感もないらしい。 自分の妄想(ノブスケじいちゃんの渇望の実現)だけが膨らんでいるのだろう。 こんな首相が振り回す「戦争法案」で海外派遣される自衛隊員は、ほんとうにたまったもんじゃない。
なぜか、このヤジはあまり伝えられず、これについての安倍の陳謝もないままだが、 本質的にはこのヤジのほうが最悪だと、ぼくは強く思う。 これだけでも、安倍退陣の理由になるほどだろう。
[鈴木 耕]
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要するに、人の生死や戦争が大したことないコトだというお考えの人間だということを さらけ出したのです。 三世議員のどうしようもない思想をぶら下げたままシュショウなどになった人。
つくづく、お前が自分で戦争を起こすようにするのだから、お前が自分で戦争に行ってこい・・・ と実体験してもらうことが絶対必要な人間ですね。
他人を戦争に行かせる権利など、こんな男には無いと言いたくなります。

仮にこの後、自衛隊員が戦死して、その葬儀にノコノコとやってきても、こういう男だ と知ってれば、遺族は追い返す・・・だけでは済まないかも・・・。


全文は以下
http://blogos.com/article/114518/

2015年6月 1日 (月)

安保法制への怒り・・・

この1ヶ月ほどのfacebookに書いたコメを以下にまとめて転記してみます。
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憲法学者の眼から見れば、憲法のナンタルかを全く理解していない、劣化してきた二世三世世襲議員が、自分たちはずっと権力側にあるという前提で、国民を縛るために作った(自民党の)憲法改悪草案だと。 それは明治憲法に戻ろうと時代錯誤も甚だしいモノ! 
「法は道徳に踏み込まず」、私でさえ理解できることを、これすら理解できない低レベルの議員によって改悪されようとしてる。 一読して未来に恐怖を覚えました!
卑近な話にも似た事に出会ってます。我が社会人マンドリン団体の規約に、団体の目標を標記する議論すれば「親睦」と書くことを言いだしかねない風潮を感じます。 そんなことは団体ができれば自動無言付帯事項・・・であると!。 書くべきことでは無いのです!!  こういうことが分からない輩が一般国民どころか代議士にまで及んでるとなれば、日本の未来は真っ暗!!!

憲法記念日だったというのに、テレビ局の中にはそれに全く触らなかった局があったというから、ABEのメディア圧力は完成されたっと!
まあ、私の意見もなんとなく固まってきましたが、真っ当な本当の意味の「改正」、正しく良い方向に改めるのなら、で、それが出来るのなら、強硬に反対はしない。 が、自民党の改憲草案はもう論外。完全に「改悪」明治憲法に戻すものです。一強多弱で改憲しだせばその自民草案になってしまうのでしょう。そうしかならないのでしょう!? なら、完全に反対。ひっくるめて改憲に反対!!
現憲法も丸丸のアメリカ押し付けではなく、9条にしても積極的に戦争の放棄を明文化したのは日本の議員によるものだったとか(8年前になんとNHKが放送したと!)!!。 もう少しマトモな議論が出来る雰囲気にならねば、改憲反対であり続けるしか道は無い!  現状ではトンデモナイ自民改憲草案か護憲かの二者択一選択肢しかないのではお話にも何もならない!!!
コレが百歩譲った書き方です、。本音は9条厳守、ヘンな追加は許されない。今の9条でさえ、拡大解釈して自衛隊があるのです。ヘンな追加をして自衛権を明示などすればそれをマタマタ拡大解釈して、他国と戦争しだすのは目に見えてるし、集団的自衛権で憲法をそうする前から戦争に突き進んでいる。 そういうことをするのであれば、9条は変更追加は厳禁・聖域だと叫ぶしか戦争を止めるすべはないでしょうがっ。

LITE-RAは、やはり、嘘をつきまくってると言った。詐術だと。
サイコパスとは以下
http://www.psy-nd.info/
なるほど、サイコパス、一種の精神病もどき状態なのだ。
普通レベルの人間なら、己の言ってることヤッテルことに対する責任感が常に裏に存在し続けるものでしょうし、耐えられかどうかの線上を常にうろつく様な立場でしょう。 それを出来させてるのがサイコパスもどきだからこそ。

もとより、国が一番、国民一人一人の命など眼中にない(自衛隊員も含めてです)、戦後レジューム脱却などというイチモツを芯にして、そして、ウマく行かずとも責任を取る気などハナっから無いという、、、
だから、こんなことが出来ては、いるワケでしょう、、、。しかし、それで、とんでもないとこに持っていかれそうな日本とその国民はたまったものではない、。 
ホントに、支持率を下げていく手は無いモノか!!
下の写真、目がうつろに見えます、精神病みたいなぁぁぁぁ・・・。

今更、驚くには全くあたらない、ハナから国が大事であって、国民(自衛隊員も含む)の一人一人の命など守るつもりは全然ないのがABEである。我が軍と言ったし、自衛軍にしようと言う人ですから、。ABEに関する記事を読んでれば、そんなこと常識です。 で、こういう言葉で国民をダマすような狡猾な言い方をするのも毎度のことです。 要するに国民をその程度のダラな国民としか思ってないのです。 ダラでないぞ!・・っと見返さねばなりません。
返す返すも、サイコパスもどきと考えれば全て合点が行きます。そういう人です。

ポツダム宣言を読んでない!!!・・・これが、ABEの本質なのです。
ポツダム宣言受諾で戦後の日本は始まったのです。「あれは間違った戦争だった」・・との意味のコトを中学の時、社会の先生さえ言われてた記憶があります。ABEの御祖父さん(岸首相)の夢を実現したいという単なる願望だけが、彼が今、戦争に向け動いてる動機だとする記事さえあります。
さらに、この志位さんの党首討論の様子をTV各局で報じたのはテレ朝の報ステだけで、あとの局は全く報じなかったとか!! こういう肝心かなめのコトを報じなくてメディアかっ! 圧力は顕著に生き続けてるってワケです。ジャーナリストなどとは言えない報道機関ばかりになってるのです。

リスクが増大しないのなら、集団的自衛権でないでしょう! 安保法制なんて論議する必要だにない。集団的自衛権=リスク増大、、子供でも分かる!
かくして、ナンの保証もなく自衛隊員は戦場に送られることになる。国民をダラにするのもいい加減にしろ!!

サンデーM、。 岸井さんのまとめ。(私は以下のように取りました)
政権はタイヘンな気を遣って、巧みな言い方をしてくる、聞こえがしのイイ風にして! その言い草の中身を必死に考えて本質・本音を見抜き捉えて行くことが、国民一人一人に必須になっていく。
何のためにタイヘンな気を遣うのか!?  国民に誠実に説明するためでなく、ナンと!、国民をダマし欺くため。 ウマいこと言えば国民はダマされてくれる、、先の衆院選でその実績も得た、。 この程度の国民!・・と、この程度の政権が根っこからダラにし切ってるワケです。 知れば知るほど怒りを覚えてきます。 およそ、国民に誠実に真摯に腹を割って説明しようなどとは金輪際、微塵たりとも考えない政権なのが、もう明白になってます。 我々はダラで無いことを徹底的に見せつけてやりましょう。

ABEに関する記事を色々読んでて、最も怒りを覚えたのは、自分がやったことの結果がどうなろうと、戦争が起ころうが、国民が死のうが、ましてや自衛隊員が戦死しようが、、
 一切合切、責任を取ろうと全く思ってないことだ!・・・
との件を見た時です(どこで見たかは忘れましたが)。 だからこそ、こういうトンデモナイことをイケシャーシャーとやってるのです。このまま、決まれば(絶対多数だし決まるでしょうヨ)、後世、歴史に悪名高い名を残す「戦争首相」として刻まれるでしょう・・・、。

我がままお坊ちゃんが、なんやかやで全て自分の思うとおりになりそうとご機嫌なワケです。 もはや存在自体が不信感の象徴です。 首相の適性もアヤシク、人として最低最悪のこれまで見たことも無いような人物です。 そんな人を首相にした自民党。自民党に「そこしか入れるトコがなくて」というチンケこの上ない理由で投票した国民。
国会審議は子供が好き勝手にやった時の学級委員会に見えてきてます。あらゆる国の組織に低級化を招いてる。50年前は少なくとも一応ちゃんとした大人がやってました。今は全て子供レベルです。
あまりに子供レベルなので、与党内や野党のちゃんとした大人が、返って対応に窮してるようで、その隙にシュショウになっちゃた人物・・・チャンチャン

我がままお坊ちゃん、ウソをつくのも平気、その場を誤魔化せばOK、、こやつのせいで、政治家の言葉がまた一層格段に軽~~~いものになった。聴くに値しない。平気で逆のコトを言いますから!! 日本中がワガママお坊ちゃんに振り回されてる、、しかし、それで戦争をする国になるのだからねぇぇぇ、どうしますか皆さん。
大体、彼氏のしゃべり、フワフワしてて、聴きとるのが骨が折れる、聴く方は懸命に集中していないと何を言ってるのか分からないようなモノの言い方です。で、言ってる方はウソ混じりでテキトウしゃべってるのですからね、、アホらしい話です、、聴きとるのを商売にしている方はご苦労様です、。 我らは早々にチャンネルを代えてしまいます!!

テレビで「政府は説明しようとしている」などと司会者! 何を言ってるか! 質問していることと関係ないことを長々としゃべり、答えない。同じ答弁を何べんでも繰り返す。平気で逆のことを言う。自分は野次って、野党には野次るなと言う、、これで説明しようとしていると取る方がダラでしょうがっ! 国民は解らず、聴く気もなくなり、どうでもイイと!・・・・イヤ、それをABEは狙ってるのだと思えてくる始末!!
答える気の無いABEにどうしたらイイのか?・・・とある女性コメンテーター。 ・・・・もはや「懲罰動議」しかないかもしれない。

国民に誠実に真摯に説明する気などサラサラなく、既成事実の積み重ねと圧倒的多数の数の暴力でもはや時間の問題で通るだけ・・・として、目に余る人格を疑うABEの立法府での言動、立法府への冒涜=国民への冒涜です。 もはや、懲罰動議しか無し!!
http://news.livedoor.com/article/detail/10171869/
昨日のサンデーMでは、ABEは国会審議を「消化試合」だと思ってると! 立法府(国民代表での審議の場!)を完全に蔑ろにしてるのです。

2015年5月 3日 (日)

憲法記念日

憲法記念日にあたって(声明)

2015年5月3日

憲法記念日にあたって(声明)

社会民主党

1.本日、68回目の憲法記念日を迎えました。日本国憲法のもつ主権在民、平和主義、基本的人権尊重の理念は、国民一人ひとりの尊厳を守り、戦後の日本の発展と国民生活の向上を導いてきました。また不戦の誓いは、他の諸国とりわけアジア近隣諸国からの信頼を得る礎となってきました。しかし今その憲法が、「戦後レジームからの脱却」をめざす安倍政権によって壊されようとしています。これまで一貫して憲法擁護のたたかいに取り組んできた社民党は、平和憲法の守り手としての決意を新たにし、憲法改悪を許さず、憲法理念の実現に邁進することを誓います。

2.安倍首相は、就任以来2年半、「厳しさを増す安全保障環境への変化」を名目に国家安全保障会議(日本版NSC)設置法、特定秘密保護法、防衛政策三文書策定(国家安全保障戦略、新防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)、武器輸出三原則の廃止、そして歴代政権の憲法解釈を否定した集団的自衛権行使容認の閣議決定などを矢継ぎ早に進めてきました。しかし、安倍首相の靖国参拝や「村山談話」を否定するような誤った歴史認識と言動こそが「厳しさ」を招く要因であり、いわば「自作自演」で国民の不安をあおって「戦争する国」づくりを正当化しようとするものです。また、政府・与党による報道機関への圧力や国会での質問権侵害は、安倍政権の「この道」を邪魔するものを排除しようとする言論統制であり、戦前の軍国主義を彷彿とさせる危険性をはらんでいます。

3.安倍政権は、今国会で集団的自衛権の行使を可能にする一連の「戦争法案」整備を目指しています。これに先立ち、日米安保条約を大きく逸脱して日米軍事一体化を拡大する「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」再改定に合意しました。法案提出の前に対米公約で既成事実化をはかることは、国会軽視、主権者無視の許しがたい暴挙です。戦後70年にわたる平和国家としての歩みを180度転換し、「専守防衛」の自衛隊を「軍」に変えて、米軍とともに世界規模で戦争に加担できるようにする「戦争法案」を許すわけにいきません。社民党は、安倍政権の掲げる「積極的平和主義」の内実が「積極的平和’破壊’」であることを明白にして、法案の提出・成立阻止に全力を挙げます。

4.「戦争をさせない1000人委員会」や「さようなら原発1000万人アクション」の運動、「原発再稼働差し止め」訴訟、「憲法9条にノーベル平和賞を」運動、「辺野古新基地建設反対」運動など、安倍政権の憲法破壊への抗議行動が全国各地で高まっています。消費税増税と社会保障の切り下げ、被災地復興の置き去り、原発再稼働推進、労働法制の改悪、地方破壊のTPP参加、辺野古新基地建設強行などの暴走が、憲法で保障された生存権や勤労権、幸福追求権を奪っています。憲法の本質を捻じ曲げ、国家権力を振りかざして主権者である国民を縛ろうとする独裁政治を終焉させ、憲法を国民の手に取り戻すために、さらに運動の輪を大きく広げて安倍政権を包囲していかねばなりません。

5.政界での護憲のシンボルといわれた土井たか子さんは、「日本国憲法を貫く平和主義は、日本国民の総意であり希望である」との言葉を遺しています。戦禍を経験した人々が知る「平和憲法」という希望の灯りを灯し続けていくことが、私たちに課せられています。「戦争できる国」をめざして非現実的な想定による様々な「事態」をあおる安倍政権から、「憲法の存立危機事態」を防がねばなりません。社民党は、平和を愛し憲法改悪に反対する多くの人々とともに、憲法を護り、その理念を社会の隅々に生かし、拡げて行く活動に邁進します。共に手を携えて改憲の流れを押しとどめましょう。

以上

2015年4月 5日 (日)

集団的自衛権が無いと対等に成れないは妄想!

http://lite-ra.com/2015/03/post-958.html

集団的自衛権、如何に有害無益かに感銘する記事に出会いましたので、
いつか消去されることもあるでしょうし、全文引用させて頂きます。
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官邸の安保担当も務めた防衛省元幹部が証言!「集団的自衛権は安倍首相の個人的願望だ」

前回の記事では、第一次安倍政権で内閣官房副長官補を務めた柳澤協二氏が安倍首相の安全保障政策について、非現実的でコストパフォーマンスが悪いと批判していることを報じた。
 
 だが、柳澤氏の著作『亡国の安保政策 安倍政権と「積極的平和主義」の罠』(岩波書店)や『亡国の集団的自衛権』(集英社)を読み進めていくと、その危機感はもっと深刻であることが伝わってくる。

 柳澤氏は防衛庁(現・防衛省)の審議官、局長、官房長などを歴任し、2004年4月から約5年半つとめた内閣官房副長官補時代も安全保障担当として、自衛隊のインド洋補給活動やイラク派遣などの立案にも携わった。

 そんな政権内部にいた安全保障の専門家から見ても、安倍首相はこれまでの自民党政治家とはまったくちがうようなのだ。

 かつて政権を担った自民党政治家たちにはさまざまな価値観がありながらも、「戦争をしてはいけない」という共通の判断基準があった。そして、防衛官僚としての柳澤氏の人生もまさに、現行法制下で最大限、自衛隊のパフォーマンスを引き出し、日本と世界の平和に貢献するための策を立案することだった。憲法9条を抱えながらも十分役割を果たしてきたとの自負もある。

 ところが、安倍政権は人を殺すことや人が死ぬことに対する実感がまったくないまま「戦争もありだ」という前提で安全保障に関わる議論をする恐ろしい事態になっているのだという。自ら血を流す立場にない人間が「血を流すことが必要だ」などと軽々に主張する。安倍首相の言葉の端々からは自衛隊を出動させることの重みがまったく感じられない。柳澤氏は元防衛官僚として、こうしたリアリティのなさ、考えの浅さに対して怒りを抑えきれないのだ。

 それは、日米の関係においても同様だ。歴代自民党政権下での日米同盟は、例えばソ連が津軽海峡の両岸を取りに来たらどうするか、あるいはシーレーンを破壊しに来たときにはどうするかといった具体的なイメージをアメリカと共有しながら実務を進めてきた。朝鮮半島有事の際には米軍はどういう行動をとり、日本の基地をどう使うか、そこで自衛隊が担うべき役割とは、というふうに。

 ところが、安倍政権はこれまでの自民党政権とは異質で、現在協議中の日米ガイドラインの見直しでも、「グローバルに」「切れ目のない」などの言葉を弄しながら、アメリカに対して「なんでもやります」「どこにでも行きます」と約束してしまっている。こんな状況下で集団的自衛権行使など認めたら、それこそ、いつの間にか日本がテロや報復の対象になっているということになりかねない。

 しかも、そんな大きなリスクがあるのに、日本が国家としていったい何がやりたいのか、何のための施策なのかの説明はない。柳澤氏は集団的自衛権行使を認め、自衛隊の活動範囲や役割を際限なく拡大しながら、その政治的目的がどこにあるのか、まったく見えないことが問題だという。

 では、いったい何のための集団的自衛権なのか。柳澤氏に言わせると、驚くなかれ「安倍首相の個人的願望、もしくは夢」なのだという。だから論理的な説明がなく、政策としての説得力もない。身も蓋もない結論だが、実際、自民党内でも「総理がこだわっていることだから……」といった言説がまかり通っているというのだ。

 これについてよく言われるのが、「首相はお祖父さんの岸信介が果たせなかった夢を追い続けている」という話だ。安倍首相が2004年に出した『この国を守る決意』(扶桑社)という対談本にそのことが出ている。祖父の岸信介が改定した日米安保条約を自分の時代には「堂々たる双務性にしていく」責任があるという。要は、いまの安保条約ではアメリカは日本を助けるが日本はアメリカを助けないというアンバランスな関係なのでそれを是正しなければいけない、という考え方だ。そのためには、どうしても集団的自衛権が必要になる。

 しかし、これには「取引の原則」が抜けている。岸信介が改定した60年安保の段階で「日本は基地を提供する、アメリカは日本を防衛する」という取引が成立し、安倍首相がこだわる“双務性”のバランスもしっかり維持されていた。しかも、この国益のバランスシートはしだいに日本の負担を増やす方向に変わってきた。いわゆる「思いやり予算」といわれる駐留経費負担に始まり、80年代には1000海里シーレーン防衛といった日本の自助努力が求められるようになった。2000年代にアメリカが対テロ戦争を始めると、日本は自衛隊を海外に派遣し、戦後処理を行った。いずれもアメリカ側の都合である。

 もともと、アメリカの防衛力提供=日本の基地提供でバランスをとっていた契約が、現状ではむしろ、アメリカの防衛力提供<日本の基地提供+経費負担+自助努力+海外派遣と、すでにアンバランスな状態になっているのだ。

 にもかかわらず安倍首相は前掲の『この国を守る決意』で、こんなことを言っている。

「軍事同盟というのは血の同盟であって、日本人も血を流さなければアメリカと対等な関係になれない」

 こんなことは、同盟という客観的な国家間の国益の取引においてはあり得ない考えだ。そもそも同盟の目的は日本とアメリカで違っている。アメリカはグローバルな覇権国であるがゆえに日本との同盟を必要とし、日本に基地を置く必然性を持っている。しかし、自国の防衛を目的とする日本がアメリカに基地を置く必要はない。同盟のバランスは同種同量でなければならないというわけではなく、お互いの目的に合致しているかという点が重要になる。日本とアメリカでは兵力に圧倒的な「差」があるのだから、軍事面で完全に双務的というのは考えられない。こんなことは高校生でも分かるだろう。

では、世界最大の軍事力を持つ覇権国家アメリカと、新興覇権国としてのポジションを虎視眈々と狙う中国の間に挟まれ、日本が果たすべき役割は何なのか。それは「アメリカ、中国にできないこと」だと柳澤氏は説く。戦後の日本はアジア諸国の経済成長に貢献し、武器輸出を行わない国として軍縮に先導的な役割も果たしてきた。民間企業においても現地ワーカーを育て経営のノウハウまで与える日本的手法は、単なる富の収奪に近い中国のやり方とは異なる日本の誇るべきブランドとして育ってきた。国際平和協力でも、日本は武器を使わずに現地の要望に配慮した独自の活動を展開し、成功を収めた。その経験から、日本の防衛にとって集団的自衛権はまったく必要なく、むしろ有害無益なものだと結論づけている。

 柳澤氏が実際に携わった自衛隊のイラク派遣では、他国の軍隊が砂漠と同化するベージュの服を着ていたのに、自衛隊はあえて緑色の迷彩服を選んだという。ヘルメットにも肩にも目立つように大きな日の丸をつけた。これはつまり、「自分たちは戦争をしに来たのではない」というアピールだった。結果、自衛隊はイラクで現地の人に一発も弾を撃たず、一人も殺さなかった。「自衛隊」という国際ブランドの評価は大いに高まった。これこそ日本が戦後70年かけて築いた、アメリカや中国が逆立ちしても真似のできない日本ならではの優位性だ。これをもっともっと、利用しない手はないのである。しかし、安倍首相はこれに逆行し、日本ブランドを台無しにしようとしているのだ。

 それにしても、政権の中枢にいた柳澤氏の著作を読むと、安倍首相がいかに頭が悪く、危険な人物かがリアリティを持って伝わってくる。

 物事の優先順位や費用対効果、契約と取引の基本ルール、差別化による競争力の獲得、利害の対立と妥協など、一般的職業人なら普通に備わっている素養がこの男にはことごとく欠けている。そして、自分の「個人的願望や夢」のために平気で日本人に血を流させようとする──。もしかすると、日本にとっての最大の脅威は「安倍首相の存在」なのではないだろうか。
野尻民夫

2014年12月15日 (月)

右翼支持理由は地域で異なるのでは?

フッと思った疑問、、

「大都会の自民・次世代、積極支持者は富山に引っ越すことになったとして、
富山でもそうあり続けるだろうか!?? 実例をみてみたい。」

自民・次世代の支持者というのは、その支持理由が大都会と富山などとでは、
全然違うのでないかという気がする。

大都会なら、いわゆる右翼傾倒の人達でないのでしょうか!?
が、富山なら地域ぐるみ会社ぐるみ、寄らば大樹の陰というのが大勢でしょうヨ。

だから、冒頭の疑問を感じたのです。

右翼傾倒の人ってのは、右翼への改革志向ですよね、。 が、富山へ来たら、
会社が自民を支持するからそれに倣ってくれと迫るわけです。
改革志向の人間が会社からのそんな指示に従うのでしょうか??

なんか、自己矛盾をおこすような気がしてくるのですが、如何!???

2014年6月15日 (日)

集団的自衛権

◆みのもんた:「集団的自衛権を行使したら、アッという間に戦争だよ!」

http://www.asagei.com/23646?fb_action_ids=302900313218696&fb_action_types=og.likes&fb_source=aggregation&fb_aggregation_id=288381481237582

みの氏:「戦争の悲惨さもわからん若僧が何言ってんだ!」・・・同感!!

憲法解釈を変えてまでヤルとは、“戦争をしたい”のでしょうヨ!、、、

それに対して、野党は多勢に無勢だし、自民にすり寄り野党までいるし、、
さらに、与党イヤ自民党の内部から待ったの実力者(後藤田さん、河野さんのような)
の声が出ないのが、これまでに無かったオソロシいことなのです。 

公明党も結局予定通りに政権にしがみつき出し、
ご当人は微妙な線上の議論にはまともに答えなくても“数”で通ると思って
ハグラカシ続け、、、
結果、日本の民主主義は崩壊状態のまんま!、、、

で、気がつけばいつのまにやら集団的自衛権が了承されることになる・・・・

憲法も空文化が始まり・・・・

これは先の選挙で大勝させた国民こそがその責を負うべきです。

2014年6月11日 (水)

1年半前から分かってた!

1年前にすでに書いてますね!

http://gensoh.cocolog-nifty.com/blog/2013/05/post-7f75.html

好き勝手にやりだすことは。1年半前に大勝した時から、いや大勝させたらこうなるゾ!
とさえ私は書いてました。

先の大戦の惨禍を自民党とその支持者は完全に忘れたかのように見えます!
おろかにもまたその惨禍を繰り返す道を突き進んでるようです。

ある人は言いました・・・
「戦争したいんでしょ!! なら決めたヤツらが戦争に行けっ!!」

2014年3月 7日 (金)

佐村河内、どうでもイイ!

佐村河内・・・・、
こんなものに、大概の2時間も丸々、公共の電波を費やすのかっ!
実にくだらない、もっと大事なモノが一杯あるでしょうがっ!!

ま、ホントに日本は平和ですヨ、、、、。
もう、見る気がしなくて、佐村をやりだすと、即チャンネルを
ガチャガチャ変えております。

2014年3月 6日 (木)

極端から極端へ

「生まれつき悪い人間はいるか?」、、というコラムがあった。
http://www.excite.co.jp/News/net_clm/20140305/Goowatch_12bad4b2bd23f51e1445168cc56e3bfb.html

「稀にいる」ってのが一番当たってるような気がしましたが・・・。

ワルイ人間で思うのは、最近の巷で聞くような、
「ちょっと注意したら、逆切れして、相手を殺しかねない」、というような人間が
やたら増えてしまったことが身近な問題ではないのでしょうか!

こういうことへの考察と対策の方が大事なことと思えてきます。

昔から思ってることが、親の子育て教育の仕方です、。
一番の問題は現在50~60代の親が、余りにも甘やかしに走ったコトでないかと!
大昔の頑固親父に反発して、その反動でか、子供を甘やかしに走った世代です。

大昔の封建主義みたいなのはやり過ぎですが、その反動で、子供とお友達付き合い
というもう一方の極端に走った!、、

  極端から極端になってしまった!・・・と常々思ってます。

このところの若い親にようやく、極端で無くバランスの取れた子育て教育が
出来るような人が現れ始めてるような気もします。

社会文化の成熟の一過程の現象なのでしょうか・・・・!?

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